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「horizon zero dawn」について

その他感想文

さっきクリアしました。「horizon zero dawn」おもしろかったです。

 

発売前の動画を見て即買うことを決めていました。理由はアクション性です。あと、機械の獣を狩るというコンセプト。アクションゲームが好きなのです。あと、モンハンみたいな狩系。

買う前の期待とは裏腹にやってみると、ストーリーが気になって気になってしょうがなくなりました。機械の獣は、ファンタジーゲームにドラゴンや獣人が存在するという、疑問を抱く必要のない世界観だと思っていました。ですが、ちゃんとした理由があり、その世界の背景が重厚に作りこまれていることがわかったのです。どこまで、この物語は深いところまで潜っていくんだと、プレイしていて驚きました。文明崩壊後を生き延びるという単純なオープンワールドではありませんでした。SFの大作です。

また、世界の存亡という大きな物語と並行し、主人公の出生の秘密という個人的な物語も素敵でした。

「スカイリム」や「fall out」のように、無数の選択肢は存在しない一本道のストーリーです。ですが、その1つの物語に引き込まれていくには十分な面白さでした。

 

アクション面もおもしろかったですよ。弓バンバン撃って、機械を倒すのは気持ちよかったです。武器もいくつか種類があり、特色があるので、人によって1つの機械を倒すのにも個性が出るのでしょう。オープンワールドというより、アクションRPGに近いかもしれませんね。

大変満足しました。

「日本名詩選」について。「Dishonored 2」について。

日記 その他感想文 読書感想文

 最近は詩を読んでました。「日本名詩選」ってやつです。1巻は戦前。2巻は戦中、3巻は戦後だったかな?何人かの詩人が書いた詩が集まってます。1巻だけ買ったんですよ。ページ下段に語句の説明が載ってて、詩の後ろに1ページの解説が書いてあります。もともと高村光太郎とか中原中也の本はいくつか持ってて、いいなあいいなあと思いながら読んでましたが、書かれた背景などは気にしてなかったんですよね。この本は今まで気にしてなかった正確な意味等解説してくれてるので、より面白く読めます。より詩が好きになります。2巻と3巻も買います。

 

 あと、「Dishonored 2」もやってました。去年の12月に発売していたことを忘れていました。前作も面白くプレイしてました。ps3で一番好きなゲームではないかと思ってます。世界観とゲームシステムが僕の好みなんですよ。スチームパンクプラス黒魔術の世界です。鯨油の燃料を基礎とした科学技術に頼って動いている世界です。ですが、その裏でアウトサイダーと呼ばれる信仰があり、異端者と呼ばれる人々はクジラの骨で作られた彫刻を祭壇に捧げながら、黒魔術を信じています。その中で魔女も存在しています。こんな世界観。さらに、でかい蚊が蔓延しており、さらに圧政も重なって町は荒廃しています。こんな感じ。

 で、ゲームはアウトサイダーの力を駆使しながらのアサシンプレイです。慣れてしまえば、割と楽にゲームは進められ、単純な感があります。でも飽きないんですよね。膨大な量のテキストを読むと世界観により一層の厚さが生まれて、物語を進めるのが楽しくなるのです。自分でルートを開拓していく自由さもあります。大変面白かったです。

 

満足な日々でした。

映画「この世界の片隅に」について

その他感想文

観ました「この世界の片隅に」。面白かったです。

正月前後は人が多いかなと思い、小正月も過ぎた今なら人も少ないだろうと映画館に行きました。早朝ということもあって人も少なく、ゆっくり鑑賞できました。

 

映画の内容は、戦争の日常を描いた作品でした。広島の呉に嫁いだすずという女性が主人公ですね。軍港があるので、空襲をはさみながらも、それでも日常は続いていくんだなあ、という感じです。衣食住性みたいな。

 

僕はどうしようもないことや、やりきれないこと、理不尽なことを人が如何に割り切っていくかという話が好きで溜らないんです。なので、OPで流れた「悲しくてやりきれない」を聴いた時、一番泣きそうになりました。

 

戦争は起こってしまったらどうしようもないですね。どうしても身近な人が亡くなります。すずの兄が戦死し、届けられた骨壺の中には遺骨の代わりに石ころが入っていました。母はそれを割とぞんざいに肩に担いでいました。こんな石ころをよこしやがってという怒りではなく、雑なポーズをわざととることにより、自分の中で「戦争で死ぬとはこんなものであると」割り切ろうとしたのでしょうか。

時限式爆弾ですずの義姉の娘が死んだとき、義姉はすずに対して「人殺し」とののしりました。夫も亡くして娘までも死んでしまったので、理不尽な怒りだとしても当然ですね。ですが、終盤はすずに対してモンペを直したりしています。どうにか割り切ったのでしょうか。

すずは義姉の娘が死んだときに、一緒に行動しており、爆弾で右腕を無くします。すずは絵を描くことが好きでしたが、もう描けなくなりました。すずは自分のせいで義姉の娘が死んだと責任感を感じていることもあり、涙を流します。一度実家に帰ろうともしますが、結局やめます。どうにか割り切ったのでしょう。

一番印象に残っているのは、近所に住む女性についてです。息子が徴兵され、息子は広島市に行っていました。原発が落ち、息子はその被害を受け、顔がドロドロになりながらも歩いて呉に戻ります。ですが家の横で力尽き、壁によりかかりながら死にます。その女性は最初自分の息子だと気づきませんでした。のちに自分の息子だとわかり、すずに対して、ボヤくようにこのことを話します。特に感情的なことは言わず、事実のみをすずにボヤく感じです。この女性は一人で泣いたのでしょうか。如何に、すずに対して話せるまでに割り切ったのでしょうか。

 

たくさんの理不尽が起こりますが、日常生活は続けないといけません。登場人物たちは、割り切れてたのでしょうか。それとも、割り切ったようなふりをしているだけでしょうか。妥協点を見つけられたのでしょうか。やはり、どこかで割り切らないと、生きてはいけないのでしょうか。

 

死は非日常なのでしょうか。どうでしょう。死は日常です。ただ死んだ人との距離感によって受け止め方の程度に差があるだけです。どうでしょう。普通に生活していても、割と簡単に周りの人が死んでいきます。戦争中かそうではないかという差だけです。どうでしょう。

戦争によって死んだというのはどんな意味があるのでしょう。理不尽に命が奪われたかどうかでしょうか。身近な人が戦争中に死ぬか、普通の生活を送り病気で死ぬか、想像しましょう。どう違うのでしょうか。理不尽かどうかはどう判断するのでしょう。どっちも理不尽ですね。

ただ、個人的に思うのは、戦争は理不尽なことが頻繁にたくさん起こるのだということです。呉の町の人全員が、理不尽な思いを抱えながら、日常を送っていました。寂寞感のある明るさは好きです。むしろさわやかさを感じます。僕はこの作品が大変好きです。

 

心の中に腑に落とす 他のこともしたよ について

日記

後輩は自殺ではなく、話を聞いてみると突然死でした。数奇ですね。やるせない。

やるせないな、と思って最近元気がなかったのですが、ようやく受け入れたというか、どうにか妥協したというかで元気になりました。後輩のご両親はどう受け止めるのでしょうか。他の友人はどう受け止めるのでしょうか。一言で死んだといっても、受け止め方は多種多様ですね。結局は、納得がいかないだとか、悲しだとか、怒るだとかという感情は持久力がないのです。最後は疲れて、諦めのようにどこか言い訳がましくその事実の逸れたところで自分の心を騙すのです。大変な出来事を直視して、すべてをそのまま受け入れるのは、到底自分にはできないことでした。具体的すぎると破裂するのです。

妥協ができる距離が後輩と僕との間にはありました。ご両親はその距離が近いので、どう処理するのでしょう。

 

 

他のこともしてます。本を読んでます。中世神話は面白いですよ。中世神話論といったほうがいいのでしょうか。神楽が見たくなってきました。神話が見たいです。

もうすぐ年末ですね。白い山茶花が庭に咲いてます。白鳥が渡ってきました。鴨もお尻を突き出して、湖で餌をとっています。雨の日が続いています。そのため、朝や夕に虹がよく出てます。この季節は空が面白いです。来年が近いですね。

後輩が死んだ話について

日記

割とこのブログ、暗い話が多くない?と感じますが、気持ちの整理のために書いてる部分もあるため、そうなってくるのでしょうか。どう感じます?

 

3か月ほど連絡が取れていない後輩がいたので、手紙を送りました。返事は速達で届き、父親の名が記されていた時点で大体予想はついてたのですが、内容は訃報でした。なぜ予想がついたのか。在学中に自殺未遂をしていたからです。僕が救急車を呼び、この時に両親とお会いしてます。それから後輩は、僕が就職して1年経ったころに大学を辞めていました。大学を辞めたと知ったのは、今年の6月です。4月から6月の2か月間、連絡が取れなくなり、ひょっこり電話してきたと思ったら、地元で就職してました。

心配してましたが、連絡があり安心したものです。

 

で、冒頭に戻ります。再び連絡が取れなくなったので、心配しました。結果、案の定でしたが。

返事には、一度僕と会いたいと書いてありました。会いますと返事をしました。

 

もらった本やポストカードが遺品になるとは思っていませんでした。寒い夜の日でも、窓を開けてタバコを吸っていました。残念です。怒のみでしか物事を行う動機にできない。と零していました。事実だったのでしょう。怒りが負けた時に、自殺未遂を起こしたのでしょう。世界との折り合いがつけずらい性格だったのでしょう。そう考えると、生き難い性格の奴だったのだと思います。

 

最近よく人が死にます。皆さん、死なないようにしましょう。祈ってます。後輩に対しては祈りが通じませんでした。

 

三津田信三『黒面の狐』・TRPGのGMをした・忙しさについて 主にTRPGについての感想

日記 読書感想文 TRPG

1ヶ月に一度更新してたのに、結構間が空きましたね。なぜなら忙しかったからです。なぜでしょう。

 

買って読みました。今月の初めだったかな。三津田信三『黒面の狐』。面白かったです。前回の更新で買うぞというのは予告してましたね。実際買って読みましたが、満足です。僕はこういう三津田信三さんのシリーズが好きです。言耶シリーズのような、民俗ホラーミステリ系が好きです。今作は言耶シリーズに近いのです。死相探偵シリーズはいまいちです。今作の舞台は戦後すぐの炭鉱が舞台です。良いです。良いです。

決して良い環境ではない炭鉱で起きる殺人事件と、炭鉱にまつわる怪談がよい雰囲気を醸し出してました。良いです。

三津田信三ではないですが、そろそろ恒川光太郎の新作でねえかな。読みたい。

 

 

場面変わって、TRPGのシナリオを自分で作って、GMとしてゲームをしました。難しかったです。当初Wordでまとめてた流れと大幅な変更が生じ、アドリブが大半を占めました。これについては後程詳しく書くのでは?

動機ではないのですが、個人的な感覚で恐縮なのですが、たまに物語が作りたくなるのです。日常生活では適当な与太話や怪談、設定などが浮かんでは消えをしているのですが、それが便秘のように溜まっていき、ついには耐え切れなくなるのです。今回はクトルゥフ神話TRPGで作りました。クトゥルフ神話はとっつきやすく、自分の設定を組み込みやすいのであります。そうなのです。

この便秘を解消するには、クトゥルフ神話TRPGを利用しようという魂胆がありました。幸いPLの皆さんにも恵まれておりました。

で、作りました。制作はスムーズに行われ、日程も決まり、完成したシナリオはプレイ後にPIXIVかこのブログに上げようかなど思っていましたが、これについては断念しました。実際のプレイでは自分で考えていた通りには事が進まなかったことと、穴が多きことに気付いたからです。これはまあ、どうでもいいや。

 

実際に自らのシナリオでゲームをした感想です。楽しかったです。思い通りに進まなかったことも含めて。むしろ、自分の考えてた流れから逸れた後が燃えましたね。PLの皆さんは感知しなかったと思いますが。ほとんどラストシーンと真相は変更されたといっても過言ではないでしょう。話の大筋は変わりませんが。PLが予想外の行動をして、予想外の人物に会いに行ってから、崩れていきました。そこからはすべてアドリブで行わなければなりませんでした。それでもPLにはこの先の展開や真相はわからないため、GMが有利であり、僕のシナリオの道に戻ることはかなわずとも、真横に近づけることはできるのですが、グイグイ来られるとドキドキしますね。こうなった原因はGMとしての経験の未熟さと、設定の甘さでしょう。設定の甘さが主かな?

でも、GMしてて燃えましたね。辻褄を合わせるために、その場で設定を変えました。どうにかシナリオが崩壊しないように努めました。このような危機を迎えるのは、ゲームとしての完成度的には低いものなのでしょうが、楽しかったです。また、矛盾点もありました。PLの皆さんに対しては、楽しんでプレイしたと思ってくださっているのを祈るばかりです。また、2、3時間で終わるだろうと思ってましたが、7時間くらいかかりました。いただけませんね、いけません。

これからもシナリオを作っていきたいと思っております。今回オリジナルシナリオ『潜む声』をプレイしてくださった方々には感謝しております。

 

 

じゃあ、いつ次のシナリオを作るの?最近忙しいのです。休日、何らかの予定が入ってます。なんということでしょう。休日のほとんどは家でゆっくりしていたのですが、忙しい日々が続いています。資格の勉強です。家の用事です。旅行です。旅行ですね。

Twitterの頻度も下がってますね。TRPG作成、すぐやるみたいな雰囲気漂わせておいて、まだ手付かず。しょうがないですね。忙しさから抜けられるのはいつでしょうか。どうでしょうか。

 

 

 

 

三津田信三「怪談のテープ起こし」について

昨日買って、昨日読み終わりました。面白かったです「怪談のテープ起こし」

 

作者自身が人から聞いた、もしくはまた聞きした怪談のテープを小説のために、一部改変して作成したという短編からなる一冊です。ひとつひとつの短編は小説スバルに定期連載されていたようです。しかし、実際にテープに起こした編集者の身に怪異が降りかかったため、単行本にする際に編集者の体験、三津田信三自身の解釈を「はじめに」「幕内」「おわりに」として新たに組み込んだ、という形式をとっています。

ひとつひとつの話は怖くて面白かったです。満足してます。新しく組み込まれたところはいまいちでした。怖くなかったです。蛇足?蛇足か。その解釈でいいのか!?

 

三津田信三の、話の中に作者自身を登場させるギミックは好きです。ずっと読んできてるから。でも今回のは怖くなかったです。短編は怖かったよ。一見バラバラに見える短編は、実はこういう共通点があったんだよってっことです。なるほど!とはならなかったですね。

来月新しい長編が発売します。買います。