ポポの実について

家の裏にポポの木が植わっているんです。僕も含め家族はポポと呼んでますが、ポポーやポーポーと言うらしいですね。子供の時に、どこからか頂いたポポがおいしくて、種を植えました。それが予想外に成長し、今では十数の実をつけるようになりました。

一昨年、昨年と多く収穫して食べてました。今年の分を今日拾ったのですが、地面に落ちたポポは赤黒く変色しており、食べられるのはたったの2つのみでした。

9月の中頃に今年もたくさん実ったなと確認していましたが、忘れていました。今日は暑くなったので、窓を開けた時、ポポの木が目に入り「しまった」と思いました。そして収穫したのが2つです。最近仕事が忙しく、頭から抜けていました。少し残念ですが、大切に食べようと思います。

 

 

お盆をはさみ、もう秋です。お盆にはホラー小説を読みました。ハードカバー含め、知らない作家に手を出しました。特によかったのが「ししりばの家」です。作は澤村伊智です。ししりばという家に憑いている怪異に襲われる話です。ホラー作品では怪異に対して登場人物は成す術なく死んでいくのがパターンですが、この作品は少々異なります。

違う怪異を登場させて、続編を書いてほしいです。後半の追い上げは少し驚きましたが、おもしろかったです。

 

他には「スパイダーマン ホームカミング」「エイリアン コンベナント」を観ました。エイリアンは特によかったです。「プロメテウス」はぱっとしない印象でしたが、「コンベナント」の方は神話みたいでした。ストーリーもよかったですが、エイリアンが活躍してくれてたいへんうれしかったですね。ビジュアルかっこいい。

 

初めて絵を買ったについて

「いや~前回の日記から随分と日が経ってしまいました」ということは書きたくないのですが、冒頭につい書いちゃいますね。リアルタイムで観てない人にとっては、大変どうでもいいですし、この文章が過去のものになり、日記の数も増え、埋もれていくと何の意味のない文章になってしまいますし。

「T2 trainspotting」も観ましたし、「ジョン・ウィック2」も観ました。『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ』、『バッタを倒しにアフリカへ』を読みました。今は『日本文学の発生 序説』を読んでます。本を読むのをさぼっていたので、再開しました。なぜなら、友人に感化されたからです。友人は本屋で立ち読みしているときに「教養は語彙である」という一文に感銘を受け、最近本をよく読み始めたそうです。このような話を聞き、負けられないと思い、再開した次第なのです。

 

タイトルの通り、絵を購入しました。どこで?個展でです。正確には2人でやっていたので、二人展です。二人展と銘打ってありました。一方は油絵、もう一方は陶芸です。

もう少し次第を詳細に書きます。7月の中頃に出張で大阪に行き、フリーの日があったので京都に行きました。作家とは面識がありませんでした。その時に開催されていることも知りませんでした。つてがありました。紹介で観に行きました。大変良かったのです。作家から話を聞きました。絵には一つの世界観があり、その世界観全体についてと、ひとつひとつの絵について解説していただきました。その時は1人で展示しており、2週間後に展示替えをして2人でやるという日程でした。なので、行きました。そこで買ったのです。

買った理由は僕が手の出せる値段であったことと、綺麗だったからです。この絵を独占できる権利です。毎日この絵に描かれた、異世界の夕日を拝めるのです。

 

冒頭で書いた友人とこの作家には共通することがあります。人に臆せず、恥ずかしがらずに自分の感じていること、世界観を話せるのです。僕が相手の立場だったら、本に書いてあることに感化されて読書を始めたというセリフは恥ずかしくて言えません。絵の設定について熱く語れません。恥が先に来ます。作家にとってはそれも仕事のうちだと思ったら、話さずにはいられないのでしょうが。

僕はこのことをさぼっていました。何をどう感じたのかを、自分を極力薄く、薄くしていました。このブログは、壁に話しているようなものでした。壁になら自分の感情をぶつけられます。こういう動機で始めたところもありますしね。ほんとか?そうだったか?

作家と話してるとき、すごいなと思いました。すごいなと思う自分を恥じました。この称賛には野次馬が珍しいものを囃し立てるようなものを含んでいたからです。現在は改め、もっと話を聞きたいなと思っています。世界観も魅力的ですし、絵自体も僕好みのものです。光が好きなのです。

また、個展を開催するときには手紙をもらうことになっています。楽しみでなりません。

 

ついでに、後輩の墓参りに行ってきました。観光地の真隣で、行く途中も人込みをかき分けかき分けお寺にたどり着きました。「おいおい、死んでもこんなキッチュな場所に納まるとか、お前らしいな!」と思いました。線香を焚きました。

 

 

映画「ハードコア」「夜は短し歩けよ乙女」について。あと、京都の中華料理屋について

さっき観てきました。「ハードコア」面白かったです。

 

FPS視点の映画です。SFです。主人公は記憶を失っており、研究室で目覚めます。機械の手足を、研究員であり妻である女性に取り付けてもらい、声の設定をしようとするところで敵の襲撃に会います。

 

終始FPS視点で映画は展開します。FPSシューティングゲームをプレイした人にとってはあるあるネタも随所に盛り込まれています。敵が柱の裏に隠れたタイミングで死角にダッシュして、後ろから接近攻撃するとか。逆に言うと、FPSの約束事を理解してない人にとっては、違和感と思う箇所になってしまうでしょう。あと、映画スクリーンで他人がプレイしてるFPSゲームしてるみたいなもんなので、3D酔いする人は無理でしょう。視点がとてもぶれます。

個人的にFPS大好きなので、大変楽しめました。

 

あと、今日は「夜は短し歩けよ乙女」を観ました。面白かったです。

なにせ、原作の小説も好きなのです。高校の時に読んだんですよね。そして、京都の大学に進学しました。舞台の1つである、木屋町もとても思い入れのある通りです。当時を思い返してしまうのです。京大生ではないですが。

 

思い返してしまうのです。そういえば、学生時代によく利用していた中華料理屋が潰れてしまうそうです。4,5人のおっさんが厨房で調理しており、超絶なスピードで料理を作り上げ、そしてまた別のおっさんが運んできて、おっさんが会計をしてくれる店でした。卒業間際には若い女性が注文を取りに来たので、おったまげた記憶があります。

今は京都から離れて別の場所で暮らしています。こうして離れた場所で、思い出の場所がなくなるということを聞くのは、とても悲しいですね。壊れていく様子を間近で見るのとは別の悲しさなのでしょう。おそらく、すでに記憶の中の京都は実際の京都とは食い違いができてきてるのだと思います。大学のキャンパスも、借りてたアパートの近所も。京都は都会です。今住んでる場所よりも、何倍も新陳代謝が良いのでしょう。

これからどんどん、記憶の中の京都と実際の京都が食い違っていくのでしょう。そうでしょう。

楽しかったねと、かつて同じ大学に通っていた友人と話します。実際の京都はかわっても、記憶の中の京都を覚えていればいいのかもしれないとも、思います。そんな友人も消えてしまったらと考えると、とても恐怖を感じますね。そうなったら、自分の心の中で、楽しかったねとリフレインさせます。

 

 

そういえば、「ハードコア」は先週の時点では観る気はなかったのですが、Twitterで面白いという評価を見て、気が変わりました。「T2 トレインスポッティング」を観る気だったのですが、「ハードコア」はすでに上映会数が縮小されていたので、観ることにしました。今月の終わりか、来月の初めに「T2 トレインスポッティング」を観ます。

近況と「キングコング 髑髏島の巨神」について

こんなに期間を開けずにブログを書くのはいつぶりでしょうか。いつとか考えるの億劫ですよね。全部「さっき」でいいのです。

春ですけど、昨日は雪の降る山を通りました。寒い寒い。

最近は勉強をしてます。電気の勉強です。電気といえば、昨日ビリビリしました。「あおぅ!」と声を出しました。ちょっと長い静電気みたいなものです。

勉強の話ですが、また頑張り続けたいと思ってます。年単位です。電気のこともっと知りたいなって。電気も僕のことを知ってくれたらなと思います。

これが近況ですね。

 

今日観てきました「キングコング 髑髏島の巨神」。おもしろかったです。あの、白黒のキングコングは知らないんです。あれは興味ないですが、今回の映画は興味があります。だから観ました。

ベトナム戦争終結直後の話ですね。未知の島が見つかったから、調査に行こう!軍に護衛を頼もう!傭兵1人と女性カメラマンも一緒だ!ゴリラを怒らせた!トカゲもいる!ゴリラと協力だ!脱出だ!という流れです。

単純明快、面白かったです。白黒映画のキングコングは、ゴリラの叶わぬ恋の話という漠然としたイメージがあります。見たことないので想像です。今回の映画も女性カメラマンとコングのやり取りがちょっとあります。コングは男の悲しい背中を見せ、去っていきますが。コングかっこよかったです。

人間同士のストーリーはかなりあっさりしています。部下の敵をとりたいとか、国に子供を残してきたとか。第二次世界大戦時代に偶然この島に墜落した軍人もいるのですが、妻と子についても軽く触れられるくらいです。

メインはコングとトカゲのバトルシーンです。でかいゴリラが暴れるだけで楽しく満足するのです。大変単純です。これくらいがよい。

スタッフロールの後、キングギドラモスラゴジラに関する描写がありました。アメリカがまたゴジラを作るのでしょうか。楽しみです。

 

4月は「夜は短し歩けよ乙女」と「T2 トレインスポッティング」が公開されます。楽しみです。

「horizon zero dawn」について

さっきクリアしました。「horizon zero dawn」おもしろかったです。

 

発売前の動画を見て即買うことを決めていました。理由はアクション性です。あと、機械の獣を狩るというコンセプト。アクションゲームが好きなのです。あと、モンハンみたいな狩系。

買う前の期待とは裏腹にやってみると、ストーリーが気になって気になってしょうがなくなりました。機械の獣は、ファンタジーゲームにドラゴンや獣人が存在するという、疑問を抱く必要のない世界観だと思っていました。ですが、ちゃんとした理由があり、その世界の背景が重厚に作りこまれていることがわかったのです。どこまで、この物語は深いところまで潜っていくんだと、プレイしていて驚きました。文明崩壊後を生き延びるという単純なオープンワールドではありませんでした。SFの大作です。

また、世界の存亡という大きな物語と並行し、主人公の出生の秘密という個人的な物語も素敵でした。

「スカイリム」や「fall out」のように、無数の選択肢は存在しない一本道のストーリーです。ですが、その1つの物語に引き込まれていくには十分な面白さでした。

 

アクション面もおもしろかったですよ。弓バンバン撃って、機械を倒すのは気持ちよかったです。武器もいくつか種類があり、特色があるので、人によって1つの機械を倒すのにも個性が出るのでしょう。オープンワールドというより、アクションRPGに近いかもしれませんね。

大変満足しました。

「日本名詩選」について。「Dishonored 2」について。

 最近は詩を読んでました。「日本名詩選」ってやつです。1巻は戦前。2巻は戦中、3巻は戦後だったかな?何人かの詩人が書いた詩が集まってます。1巻だけ買ったんですよ。ページ下段に語句の説明が載ってて、詩の後ろに1ページの解説が書いてあります。もともと高村光太郎とか中原中也の本はいくつか持ってて、いいなあいいなあと思いながら読んでましたが、書かれた背景などは気にしてなかったんですよね。この本は今まで気にしてなかった正確な意味等解説してくれてるので、より面白く読めます。より詩が好きになります。2巻と3巻も買います。

 

 あと、「Dishonored 2」もやってました。去年の12月に発売していたことを忘れていました。前作も面白くプレイしてました。ps3で一番好きなゲームではないかと思ってます。世界観とゲームシステムが僕の好みなんですよ。スチームパンクプラス黒魔術の世界です。鯨油の燃料を基礎とした科学技術に頼って動いている世界です。ですが、その裏でアウトサイダーと呼ばれる信仰があり、異端者と呼ばれる人々はクジラの骨で作られた彫刻を祭壇に捧げながら、黒魔術を信じています。その中で魔女も存在しています。こんな世界観。さらに、でかい蚊が蔓延しており、さらに圧政も重なって町は荒廃しています。こんな感じ。

 で、ゲームはアウトサイダーの力を駆使しながらのアサシンプレイです。慣れてしまえば、割と楽にゲームは進められ、単純な感があります。でも飽きないんですよね。膨大な量のテキストを読むと世界観により一層の厚さが生まれて、物語を進めるのが楽しくなるのです。自分でルートを開拓していく自由さもあります。大変面白かったです。

 

満足な日々でした。

映画「この世界の片隅に」について

観ました「この世界の片隅に」。面白かったです。

正月前後は人が多いかなと思い、小正月も過ぎた今なら人も少ないだろうと映画館に行きました。早朝ということもあって人も少なく、ゆっくり鑑賞できました。

 

映画の内容は、戦争の日常を描いた作品でした。広島の呉に嫁いだすずという女性が主人公ですね。軍港があるので、空襲をはさみながらも、それでも日常は続いていくんだなあ、という感じです。衣食住性みたいな。

 

僕はどうしようもないことや、やりきれないこと、理不尽なことを人が如何に割り切っていくかという話が好きで溜らないんです。なので、OPで流れた「悲しくてやりきれない」を聴いた時、一番泣きそうになりました。

 

戦争は起こってしまったらどうしようもないですね。どうしても身近な人が亡くなります。すずの兄が戦死し、届けられた骨壺の中には遺骨の代わりに石ころが入っていました。母はそれを割とぞんざいに肩に担いでいました。こんな石ころをよこしやがってという怒りではなく、雑なポーズをわざととることにより、自分の中で「戦争で死ぬとはこんなものであると」割り切ろうとしたのでしょうか。

時限式爆弾ですずの義姉の娘が死んだとき、義姉はすずに対して「人殺し」とののしりました。夫も亡くして娘までも死んでしまったので、理不尽な怒りだとしても当然ですね。ですが、終盤はすずに対してモンペを直したりしています。どうにか割り切ったのでしょうか。

すずは義姉の娘が死んだときに、一緒に行動しており、爆弾で右腕を無くします。すずは絵を描くことが好きでしたが、もう描けなくなりました。すずは自分のせいで義姉の娘が死んだと責任感を感じていることもあり、涙を流します。一度実家に帰ろうともしますが、結局やめます。どうにか割り切ったのでしょう。

一番印象に残っているのは、近所に住む女性についてです。息子が徴兵され、息子は広島市に行っていました。原発が落ち、息子はその被害を受け、顔がドロドロになりながらも歩いて呉に戻ります。ですが家の横で力尽き、壁によりかかりながら死にます。その女性は最初自分の息子だと気づきませんでした。のちに自分の息子だとわかり、すずに対して、ボヤくようにこのことを話します。特に感情的なことは言わず、事実のみをすずにボヤく感じです。この女性は一人で泣いたのでしょうか。如何に、すずに対して話せるまでに割り切ったのでしょうか。

 

たくさんの理不尽が起こりますが、日常生活は続けないといけません。登場人物たちは、割り切れてたのでしょうか。それとも、割り切ったようなふりをしているだけでしょうか。妥協点を見つけられたのでしょうか。やはり、どこかで割り切らないと、生きてはいけないのでしょうか。

 

死は非日常なのでしょうか。どうでしょう。死は日常です。ただ死んだ人との距離感によって受け止め方の程度に差があるだけです。どうでしょう。普通に生活していても、割と簡単に周りの人が死んでいきます。戦争中かそうではないかという差だけです。どうでしょう。

戦争によって死んだというのはどんな意味があるのでしょう。理不尽に命が奪われたかどうかでしょうか。身近な人が戦争中に死ぬか、普通の生活を送り病気で死ぬか、想像しましょう。どう違うのでしょうか。理不尽かどうかはどう判断するのでしょう。どっちも理不尽ですね。

ただ、個人的に思うのは、戦争は理不尽なことが頻繁にたくさん起こるのだということです。呉の町の人全員が、理不尽な思いを抱えながら、日常を送っていました。寂寞感のある明るさは好きです。むしろさわやかさを感じます。僕はこの作品が大変好きです。