怪談「猟師の話」

知り合いの猟友会に入ってるおじさんから聞いた話です。当時中学1年だったと思います。そのおじさんも祖父から聞いた話なので、又聞きという形になりますね。

 

この話の主人公はおじさんの曽祖父なので、昭和初めのことでしょうか。以下、おじさんの曽祖父のことは仮名を使い山本さんと記します。

山本さんも猟をしており、猟場となる山に入ってはイノシシなどの獣を仕留めていました。いつも朝早くから家を出て、昼過ぎには帰ってきて撃った獲物の処理をしていたそうです。

事が起こった日も、山本さんはいつものように家を出掛けました。よく晴れた夏の日だったそうです。ですが、夕方ごろになっても山本さんは帰ってきませんでした。家人は心配しておりましたが、探しに行こうにも、山は広くてどこにいるかもわかりませんし、山本さんは山に慣れているので大丈夫だろうと高を括っていました。もしかしたら、獲物を追っているのだろうと考えていたのです。しばらくしたら、いつものように帰ってくるだろうと。

予想通り、山本さんは山に日が沈んだ頃に帰ってきました。家人はほっとしましたが、なんだか山本さんの様子がおかしいことに気が付きます。顔面は蒼白で、体のところどころに擦り傷があり、がたがたと震えているのです。山本さんは土間に手を付き、なにやら許しを請うようなことを口にしていました。

家人は慌てて山本さんを座敷にあげました。家の中に運ぶ間も、山本さんのつぶやきは止まりません。やっとのことで布団に寝かしましたが、やはり様子がおかしい。高熱も発している。なにより家人が不気味だと思ったのは、山本さんの目です。何かに怯える様子で、ひっきりなしにきょろきょろと辺りを見回しています。

とにかく、村の医者を呼び診てもらいはしましたが、原因はわかりませんでした。

山本さんはその夜、死んでしまいました。最後まで何かに怯え、うわごとを口にしていたそうです。

 

山本さんの葬儀が開かれました。家人は皆茫然自失とした顔です。山本さんの生前はかくしゃくとしていた好々爺であり、こんなにもあっさりと逝ってしまうとは、誰も考えていませんでした。なにより死んだ原因が不明であり、不気味ですらあります。家人が動揺するのも無理はありません。

通夜には家人と親戚の近しい者が、火の番をしていました。誰も御棺の中の山本さんの顔は見ていません。怖かったのです。

日が変わったころでしょうか、2人で火の番をし、その他の人は隣の部屋で休憩していました。ふっと電気が消えました。線香とろうそくの火も同時に消えています。火の番をしていた人は慌てて隣部屋の者を呼ぼうとしました。そのときです。がたがたと、家全体が揺れだしたのです。強烈な獣の臭いもしてきます。

電気が再び点灯しました。停電の時間は、ほんの5秒くらいだったようです。臭いも一瞬のことのようでした。

家じゅうは大騒ぎになりました。休憩していた人も、あの揺れで起きだし様子を見に来ました。家財道具が倒れてはいないか、けが人はいないかなど、確認をしています。全員が仏間に集合したとき、御棺が目に留まりました。一応確認しとかなければいけない。しかし、山本さんの死因が不気味であり、もしかしたらあの停電も何か関係があるのではないか。そう誰もが考えました。みな、目で御棺を確かめる役を押し付け合っています。そのうち、自然と喪主である山本さんの息子に視線が集中しました。息子もその視線には勝てなかったようで、しぶしぶ御棺に近づき、ふたを開きました。

誰もが目を疑いました。息子は腰を抜かして、御棺のよこでへたりとしています。

山本さんの右脇から、体の中心まで抉れたように消え去っていたのです。

 

これがおじさんから聞いた話です。おじさんは、曽祖父は山でこの世のものではないものに出会い、それを撃ち殺してしまったのではないかと、最後に付け加えました。

これでこの話はおしまいです。